リトミックとの出会い
まだまだ、長崎ではリトミックの知名度は低かった25年前。音大を卒業後は幼稚園教諭・保育士としての道を進んでいました。
幼児教育の現場では音楽に溢れ、音楽を専門にしていた私は、行事での演奏や・音楽指導と常に園の先生がたに求められていました。園でのリトミック指導についてはこれでよいのか?という疑問をくりかえしながら指導を行っていたのを今でもはっきり覚えています。
私自身、音高・音大でリトミックの授業を受けていましたが、正直リトミックは何をしているのか理解できていませんでした
うわべだけリトミックを学んできた私は、幼児教育の現場では本を読みながら、出来そうなこと、楽しそうなことを取り入れるだけのリトミックとはいえない音楽遊びの指導しかできていなかったのです。
そんな中、リトミック研究センターのリトミックと出会います。
大きな衝撃が走った、リトミック研究センターでの岩崎光弘先生の授業は今でも忘れられません。
子どもの発達にそった考えぬかれた教材や、音楽の捉え方が根本から変わる楽しすぎる授業に「早く学びたい」という気持ちで溢れました。
結婚を期に東京移住するのを待ち、リトミック研究センター附属教員養成校 東京校に通い始めます。
それから出会うリトミック研究センターの先生方のレッスンは、どの先生のレッスンもリトミック・音楽への愛にあふれ、すばらしさでいっぱいのレッスンでした。
ともに学ぶ仲間にも恵まれ、毎回の授業が楽しく・魅力にあふれ、リトミックのすばらしさを初めて知ったのです。
幼児への指導法を学ぶ前に、まず自分自身がリトミックを勉強する「リズムの授業」は目から鱗の連続でした。
自分自身がリトミックを学び始め、音楽の聴こえ方も捉え方も大きく変わっていくことを感じ、どうしてもっと早く、本物のリトミックと出会えなかったのか、音高時代この素晴らしいリトミックを経験していたかった。。。と授業のたびに考えていたことを覚えています。
25年前の長崎にはリトミック研究センターの支局はなく、福岡まで通わなければ勉強ができませんでした。
まだまだ長崎ではリトミック自体が知られていないことを実感した私は、この素晴らしいリトミック教育を長崎で伝えたいという思いのもと、2年間(東京で保育士の仕事を続けながら)の養成校を卒業。
主人の転勤で長崎にもどり、長崎初めてのリトミック専門の認定教室を立ち上げ、リトミック教育の普及に尽力してきました。
嬉しいことに沢山の生徒様に囲まれ、ご父兄の皆さま、そして幼稚園・保育園・子育て支援の先生方のご理解ご協力を得て、長崎でも今はリトミックという言葉が定着しつつあります。
また、リトミック研究センターの全国40番目の支局として、多くの偉大な先生方のお力添えを頂き、リトミック研究センター長崎第一支局を立ち上げていただきました。現在は 本部研究推進室員、長崎第一支局チーフ指導者として、全国の支局で指導者を目指す先生方の研修も行わせていただいております。
「マリアモンテッソーリの言葉 【子どもは動きながら学ぶ】の言葉のように、動きながら音楽を学ぶことの楽しさを子どもたちに伝えたい」、そして「リトミックは幼児期のものだけではないことを伝えたい」という気持ちのもと、リトミックを取り入れた様々な音楽の指導(ピアノ・声楽・合唱指導)を行っています。
これまで、沢山の生徒さんとともに過ごさせていただき、私自身がお子様方から学ばせていただいた日々のおかげで、今があります。 その感謝の気持ちを忘れることなく、これからも一人ひとりの生徒さんに寄り添ったレッスンができるよう日々努力していきたいと思います。